10月30日 骨髄移植

「自分は大丈夫」といつも漠然と思っていた。ところが突然の「急性リンパ性白血病」の発病に驚き、唖然とした。8月30日に入院して以来ちょうど2ヶ月が経過する。抗がん剤治療は未知の経験とは言え、それでも「自分は大丈夫」と思っていた。ところが1回目の治療で感染症が起こり、腸内環境がおびただしく悪化。一時は危険な状態にまで陥った。抗がん剤治療は6回に分けて行われる。順調に進めば半年、感染症や合併症などが併発すると、それ以上かかる。11月からは3回目の治療が始まり、今後このまま抗がん剤治療を続けるか、あるいは骨髄移植に移行するのか、決断しなければならない。

この病気は成人の場合、再発のリスクが伴う。2回目の治療を終えた時点でも「自分は大丈夫」とそれでも思っていた。このまま治療を続け、2月に退院。3月のボローニャ・ブックフェアーにはなんとか間に合うと願っていたが、1年間は海外への渡航は控えるべき、と主治医に言われ、病気と向き合うことを、まるで風邪でもひいたような感覚でいた自分の考えが、とても甘かったことを思い知らされた。

いろいろ考え、家族とも話し合った。幸いにもドナーは、兄と姉の二人が適合し、二人とも快諾してくれている。あとはドナーの健康状態を検査し、問題がなければ骨髄移植に移行できる。「命がけの治療になります」と主治医からは厳しい言葉。「年齢」というリスクはどうしてもつきまとう。

「自分は大丈夫」と、どこかに過信や我見はあり、反省もまた多々あったとしても、これまでの人生は大病もなく、むしろ幸運な人生だった。出産時を「授かった命=宿命」とするならば、一時は余命2ヶ月とも言われた命、還暦を前に「貰った命」のように思えてくる。宿命そのものを変えることはできないにしても、運命は行動そのもので変えることができる。まったく未知の経験になる骨髄移植。それでも、やるだけのことはやり、悔いを残さない選択をしようと考え、骨髄移植を受けることにした。

これまでにたくさんの励ましをいただいた周囲のヒトたちへの感謝の気持ちと、医療現場でひとりひとりの命と向き合う医療のヒトたちを信頼し、相変わらず、懲りもせず、それでも「自分は大丈夫」と自分を信じて臨みたい。移植は順調に進めば、年内、もしくは来年早々になるだろう。